column「辞めたいと思います…」、退職意向は思いとどまらせることができるのか

「辞めたいと思います…」、退職意向は思いとどまらせることができるのか

転職希望者の32%がカウンターオファー(引き留め交渉)を受けたことがある

近年は若手社員の早期離職にとどまらず、勤続10年〜20年といった中堅・ベテラン社員の離職も増加傾向にあります。「辞められた」側の企業にとっては、大きな損失・問題となっています。30代以上の中堅・ベテラン社員の離職理由を見てみると「給与などの収入が少ないこと」と並んで、「人間関係の悪化」を挙げる人も少なくありません。

2010年代前半から続く人材の“売り手市場”において、企業には採用力の強化に加え、既存社員の離職を防ぐ施策の重要性がますます高まっています。では、一度退職を意識した従業員を、企業努力によって思いとどまらせることはできるのでしょうか。ここでは、その可能性について考えてみます。

少し前の調査にはなりますが、エン・ジャパン株式会社が行った「『カウンターオファー(退職希望者の引き留め交渉)』についてのアンケート」によると、30代以上の転職希望者のうち32%が、実際にカウンターオファーを受けた経験があると回答しています。年代によって若干の差はあるものの、30代〜50代の転職希望者のおよそ3割が、退職の意向を示した際に会社側から引き留め交渉を受けたことがあるようです(引き留め交渉を受けた経験がある人の割合:30代は37%、40代は28%、50代は32%)。


引き留め交渉を受けた結果、24%が転職を思いとどまる

次に、会社から引き留め交渉を受けた人に対し「次の転職先にいくのをやめたことがありますか」と尋ねたところ、24%が「ある」と回答しました。この結果から、一度退職を希望した従業員に対して引き留め交渉が成功するケースは、決して多くはないことが分かります。

年代別に見ると、30代が19%、40代が30%、50代が24%と、いずれも一定数が交渉を受けて転職を思いとどまっています。なかでも40代は、比較的引き留め交渉が成立しやすい傾向が見られました。



引き留めの条件として最も多いのは「昇給」、次いで「上司からの引き留め」、「他部署への異動」

引き留め交渉の際に提示された条件については、「昇給」が最も多く、全体の31%を占めました。次いで、特に条件は提示されず「上司からの引き止め」が27%「他部署への異動」23%「新たな事業を任せる」16%という結果となっています。

退職理由としてよく挙げられる「賃金・収入の不満」に対し、企業側も昇給という形で対応していることがうかがえます。また、「人間関係の悪化」も退職理由として多いため、「他部署への異動」といった環境の変化を提案するケースも少なくありません。

件数としては多くないものの、「新たな事業を任せる」といった、会社側・従業員双方にとって前向きな条件提示も、退職を思いとどまらせる要素として用いられているようです。


転職を思いとどまった理由は「新たな事業に関われる」から

最後に、退職の意向を示し、会社から引き留め交渉を受けた結果、転職を思いとどまった人にその理由を尋ねたところ、最も多かったのは「新たな事業に関われる」で、全体の36%を占めました。30代以上の社会人のうち、退職希望を示し会社から引き留め交渉を受けた人は全体の32%。その中で実際に転職を思いとどまった人は全体の24%にとどまっており、退職の意向を示した従業員を引き止められる可能性は決して高くないことが分かります。

そうした中で「新たな事業に関われる」が最も多く挙げられたという点は、企業が退職希望者に対してどのような対応をすべきかについて示唆を与えます。新たな事業への関与が退職慰留の条件として効果を持ったということは、少なからずその従業員にとって「仕事内容の変更」、なかでもチャレンジングな仕事への転換が、「働く喜び」や「仕事の充実感」につながったと考えることができます。

このことから、現在の仕事に満足していない“前向きな不満”を抱える従業員に対しては、新たな挑戦の機会を提供することが有効であると言えそうです。企業にとって、「もっと挑戦的な仕事をしたい」と考える人材を他社に流出させてしまうことは、大きな損失です。この調査結果は、意欲的な従業員への適切な配置転換や業務アサインが、離職防止の有効な施策となりうることを示しています。

一方で、転職を思いとどまった理由の2番目に多かったのは「提示された昇給額が良い」で、全体の33%を占めていました。しかしながら、昇給の提示には慎重な対応が求められます。「退職の意向を示したことで昇給が提示される」ことは、それまでの賃金水準や評価の妥当性に疑問を生じさせる可能性があります。また、退職を示唆した人だけが昇給するということが、他の従業員のモラール・士気を低下させる懸念もあります。そのため、多くの企業にとって、引き留め交渉の際に「昇給」を提示することは難しいといえます。

確かに、昇給によって引き留めに成功したケースも約3割存在しますが、「昇給」という条件を退職慰留も用いることには、組織全体のバランスを考慮した慎重な検討が必要であるといえるでしょう。


65%の会社がカウンターオファーを実施している

前述の調査は、引き留め交渉を受けた従業員側を対象としたものでしたが、エン・ジャパン株式会社は2017年に、企業側に対してもカウンターオファー(退職希望者への引き留め交渉)に関する調査を実施しています。この調査によると、「過去に退職意向を示した社員にカウンターオファーを行ったことがある」と回答した企業は全体の65%にのぼり、過半数の企業が何らかの引き留め交渉を経験していることが明らかになりました。

一方で、引き留め交渉の成功率については、「成功確率が0~20%」と答えた企業が61%と多数を占めており、従業員側の調査結果と同様に、一度退職の意向を示した人材を引き止めることは容易ではない実態が浮き彫りとなっています。




引き留め時に提示された条件は「他部署への異動」が最多、「昇給」が続き、「新事業を任せる」はわずか5%

退職意向を示した従業員に対して、企業が慰留のために提示した条件について調査したところ、最も多かったのは「他部署への異動」(37%)、次いで「昇給」(21%)という結果となりました。

退職・転職理由として「人間関係」が上位に挙げられることが多い点を踏まえると、社内の人間関係をリセットする手段として「他部署への異動」を提示する企業が多いことは理解しやすい傾向です。また、「賃金・給与水準」への不満も退職理由として頻出するため、その不満を解消・緩和する手段として「昇給」が提示されるケースも多いと考えられます。

一方で、転職を思いとどまった理由として従業員側から最も多く挙げられていた「新たな事業に関われる」という項目については、実際に企業側が引き留め条件として提示した割合はわずか5%にとどまりました。このギャップは、前向きな動機で転職を考えている従業員の数自体が少ないこと、また、企業としても「新たな事業を任せる」という条件を提示できるケースが限られていることを示唆しています。

とはいえ、数は少なくとも、挑戦意欲のある“前向きな”従業員を退職させずに活かしていくためには、そうした人材に対して適切な配置転換や新たな役割を提示することの重要性が見えてきます。企業にとって、ポジティブな意欲を持つ人材を社内でどう活かすかは、人材流出を防ぐ上でも重要なテーマといえそうです。



「ハイパフォーマー社員」と「一般社員」では退職のきっかけが異なる

会社から「新事業を任せる」といった“前向き”な慰留条件が提示された際、「新事業に関われる」という点に魅力を感じて退職を思いとどまる、意欲的な転職希望者も存在します。今回は、こうした傾向について、ミイダス株式会社が実施した調査結果をもとに詳しく見ていきたいと思います。

ミイダス株式会社は、過去3年以内に転職した会社員を対象に、「ハイパフォーマー社員」と「一般社員」の転職行動を調査・比較しました。なお、ここでの「ハイパフォーマー社員」とは、「転職前の会社において、上位10%以上の成果を上げていた」「トップセールスやMVPの受賞経験がある」「社内表彰を受けたことがある」などの条件を満たす人を指します。

この調査によると、「転職を考え始めたきっかけ」について、「ハイパフォーマー社員」で最も多かった理由は「成長やキャリアアップの機会が限られていたから」で、実に64.9%と6割を超える回答が得られました。一方で「一般社員」では、「上司や同僚など人間関係に不満があった(問題があった)」が最も多く42.3%、次いで「給与が低かった」が41.3%となっています。

「ハイパフォーマー社員」が「成長やキャリアアップの機会の不足」を転職理由に挙げている点は、前述のエン・ジャパン株式会社の調査結果とも符合します。同調査では、「新たな事業に関われる」といった前向きな慰留条件を提示された際、そのまま会社に残る人の割合が(絶対数としては多くないものの)比較的高かったことが明らかになっています。つまり、従業員の中には成長意欲や高いキャリア志向を持つ人も一定数おり、そうした人材にはその意欲に応えるような仕事の与え方や、成長を促進できる職場環境の整備が求められるという示唆が得られます。

また、「ハイパフォーマー社員」も転職理由として「上司や同僚との人間関係に不満があった(問題があった)」ことを挙げており、この点は「成長やキャリアアップの機会が限られていた」という理由とも関連している可能性があります。すなわち、高いキャリア志向を持つ社員に対して、上司や同僚が挑戦やチャレンジを妨げるような職場の雰囲気を醸成してしまっていることが、不満の原因となっていないか、検証する必要があるかもしれません。

一方で「一般社員」に関しては、これまでのさまざまな調査結果と同様に、「人間関係」と「給与水準」が転職の主なきっかけとなることが、改めて確認されました。


「ハイパフォーマー社員」は「昇進」「成長の機会」「仕事内容の見直し」「異動」を求めている

次に、「会社からどのような働きかけがあれば、転職を踏みとどまれたと思いますか」という問いに対する回答を見てみましょう。
「ハイパフォーマー社員」の回答では、「昇進の機会の提供」55.0%と最も多く、次いで「成長機会の提供」39.6%「仕事内容や業務負担の見直し」35.1%、「希望する部署への異動」33.3%と続いています。いずれも、自身のキャリアアップに直結する項目が上位を占めており、「ハイパフォーマー社員」が仕事を通じた成長や挑戦を重視していることがうかがえます。

つまり、「ハイパフォーマー社員」は、昇進によってより困難でやりがいのある業務に就きたいと考えており、成長のために仕事内容や業務の見直し、あるいは希望部署への異動を望むなど、「仕事中心」の要望が目立ちます。

一方で「一般社員」に関しては、「給与の改善」42.3%、「上司や同僚との人間関係の改善」32.7%が、転職を思いとどまるための働きかけとして挙げられています。こちらは職場環境や待遇面の改善が主な関心事となっていることがわかります。


”前向き”な転職希望者に気がつくために

「会社を辞めたいと思います…」という従業員からの退職の申し出があった時には、すでに退職を思いとどまらせることは非常に難しいということが分かってきました。

しかしながら、実際に退職を引き留めることが困難だとしても、従業員が退職を決意した理由については丁寧に耳を傾ける必要があります。割合としては多くないものの、「さらなる成長」や「より高いキャリアアップ」を求めて退職を希望するケースもあり、そのような場合には、本人が希望する“挑戦的な部署”への異動や、新規事業の担当を任せるといった対応により、会社と従業員双方が折り合える形で人材の流出を防ぐことができる可能性が示唆されています。

また、退職時には「本当の退職理由を会社に伝えない」従業員も多いことから、日頃から従業員の不満の背景に「高いキャリア志向」が潜んでいないかどうかを、注意深く観察していく姿勢が求められるのではないでしょうか。


【引用・参考文献】
『-令和5年雇用動向調査結果の概況-』厚生労働省(2024)
『「カウンターオファー(退職引き止め交渉)」についてアンケート調査』エン・ジャパン株式会社(2014)
『「カウンターオファー」実態調査」エン・ジャパン株式会社(2017)
「転職活動をして実際に転職した人の比較調査」ミイダス株式会社(2024)

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