column採用支援の傍ら、キャリア支援も。大学の講義では理論を基礎に経験に則してお話しします。

採用支援の傍ら、キャリア支援も。大学の講義では理論を基礎に経験に則してお話しします。

大学からの依頼は経験に基づいた講演を。

個々の企業が大切にしている「基本理念」。私たちは、これまでの歩みと、これからのビジョンをストーリー=『物語』として綴ることで、一貫性のある組織運営を描いていきます。私たちがつくるストーリーは、誰にでも分かりやすく、企業の基本理念と、それに基づく事業のあるべき姿を伝えるものです。このストーリーがあることで、企業の考えが明確になり、新卒や経験者の採用力を高め、求める人材と出会い易くなります。

私たちの主な仕事は「採用支援」ですが、その延長線上にある「キャリア支援」も手がけています。企業が求める人材を確保するためのサポートが「採用支援」なら、学生や求職者が自分に合った企業と出会うためのサポートが「キャリア支援」。大学のキャリア支援センターから依頼を受けたり、講義の一コマを担当したりすることもあります。

そんな「採用支援の実務家」として、大学でお話しする際に大切にしていることがあります。それは、「理論をベースにしながらも、実体験を伝えること」です。

もちろん、私たちは専門性や知識、学問的な基礎を大切にしています。しかしながら、大学には既に研究者でもある先生がいます。それでも外部講師として求められるのは、実務の現場でのリアルな経験を伝えることができるからだと思います。

だからこそ、大学で登壇するときは、理論を深く掘り下げるのではなく、「理論が実務の現場でどう生きているか」を伝えることを意識しています。学生にとって、理論が“使える知識”となるように。そして、社会に出るときのヒントになるように。

私たちが依拠する「巨人」たち

私たちが大学のキャリア関連の講義に招かれた際、プレゼンの中で直接言及することは多くありませんが、その構成の背後には、実体験を整理し、秩序立てるための基礎理論が存在します。

具体的には、ロバート・N・ベラー『心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ』エドワード・L・デシ『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』、そして福澤諭吉『文明論之概略』などに依拠しています。

ロバート・N・ベラー『心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ』

私たちがキャリア形成支援を行う際、その理論的な基盤の一つとして、ロバート・N・ベラーの『心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ』に依拠しています。この著書は、アメリカ社会における個人主義の発展と、その行き着く先について考察したものです。
ベラーは、アメリカにおける個人主義を大きく三つの段階に分けて論じています。

功利的個人主義、18世紀末に台頭したこの価値観は、各個人が自己の利益を最大化することを最優先する考え方。自由市場主義経済と親和性が高く、個人の成功や競争を奨励する資本主義的な発想とも結びついています。アダム・スミスの『国富論』に見られる「見えざる手」の概念とも関連し、個人が合理的に自己の利益を追求することで社会全体の利益も向上すると考えられていました。

表現的個人主義、19世紀に入ると、功利的個人主義が社会の支配的な価値観となりました。しかし、それに対する反動として、富の追求を退け、自己の内面を掘り下げ、育むことを重視する「表現的個人主義」が登場します。この考え方は、自由を「外部からの強制や因習から解放され、自分らしく生きること」と捉えます。現代では「自分探し」や「自己実現」の概念とも密接に関わる個人主義です。

公共善、しかし、個人主義の極端な追求は、社会の分断や孤立を生む可能性があります。そこでベラーは、個人の成熟とは単なる自己実現にとどまらず、より大きな共同体との関わりの中で成し遂げられるものだと説きます。
個人として成熟していくということはいつも危うく苛酷な努力なのであり、生活に価値を与える理想を共有し、またそれに対して忠実であるような共同体を持つことにはじめて可能になる。自らとは異なる他者、異なってはいるが共にあろうとする他者、共通の目的によってともにあろうとする他者―市民的組織にもとづいてコミットメントの実践を共有することによって、私たちは他者を自分と同一視することができる。私たちは共通の伝統をもち、ある心の習慣を共有しているのだから、共同の未来を創りあげるために共同で働くことができるはず。」

私たちは、自分とは異なる他者と共に生きることを学び、共通の目的に向かって協働することで、社会の一員としての意識を育むことができます。この「公共善」を重視する考え方は、個人の成功を超え、より持続可能な社会を構築する上で不可欠な要素と考えます。

現代のキャリア形成は、個人的な「自己実現」の欲求を超えて、公共つまり社会との接点を持ち、他者と協働するスキルを培うことが求められていると言えます。個人のキャリアを考える上で、「何を成し遂げたいのか?」と同時に「どのように社会と関わりたいのか?」を問うことが、これからの時代には一層重要になると思います。

エドワード・L・デシ『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』

また、私たちがキャリア支援を行う上で基礎に置いている理論に、エドワード・L・デシの『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』があります。この著書では、人が意欲を持って取り組むための「内発的動機づけ(Intrinsic Motivation)」の重要性が説かれています。

従来の行動心理学では、報酬や罰といった外的要因(External Motivation)が行動の動機となると考えられていました。しかし、デシは研究を通じて、金銭的報酬のような外的な刺激が必ずしも意欲を高めるわけではなく、場合によってはむしろ創造性や持続的な努力を損なうことを明らかにしました。その代わりに、人は活動そのものに対する興味や喜びによって、より自発的かつ持続的に行動できるという「内発的動機づけ」の理論を提唱しました。

デシは、内発的動機づけを高めるためには、「自律性」「有能感」「関係性」の3つの要素が不可欠としています。
自律性(Autonomy)とは、人は自分の行動を自ら決定できると感じたときに、より意欲的に取り組むことができます。これは単に「自由にしていい」ということではなく、自分の選択が尊重され、自分の意志で行動できる環境が整っていることを意味します。指示されるばかりではなく、裁量権が与えられ、自分の判断で活動を進められるとき、人はより主体的に働くことができます。

有能感(Competence)、つまり自分には能力があり、課題を達成できるという実感が持てることも、内発的動機づけには欠かせない要素の一つです。適切なフィードバックや達成感を得られる環境が整っていると、人はより積極的に学び、挑戦する意欲が湧きます。成長を促すためには、達成可能な目標を設定し、小さな成功体験を積み重ねることが重要とされています。

関係性(Relatedness)とは、周囲の人々と良好な関係を築くことも、内発的動機づけに大きな影響を及ぼします。人は、他者とのつながりを感じ、支えられていると実感することで、より安心して挑戦し、成長することができます。組織やコミュニティの中で、信頼関係を築きながら活動することが、内発的な動機づけに繋がります。

この内発的動機づけ理論は、キャリア形成においてとても重要な考え方といえます。報酬の多寡や組織上のポジションだけでは仕事への高いモチベーションを維持することが難しくなった現在において、内発的に動機づけられる環境を選ぶことが、その個人にとっての意義あるキャリア形成に繋がると考えるからです。

福澤諭吉『文明論之概略』

さらに、私たちのキャリア支援の基礎には福澤諭吉の考え方も重要な要素として根付いています。福澤諭吉の著作『文明論之概略』における「独立自尊」「自由」「平等」の重要性については、それらが現在においても不可欠な要素であると考えます。

また、福澤諭吉の『学問のすゝめ』では、特に「学ぶこと」の意義について強調されています。福澤は、単なる知識の獲得ではなく、「学問を通じて独立自尊の精神を養い、それを社会に還元すること」こそが、真の学びの目的であると説きました。
福澤が主張した「独立自尊」では、経済的・社会的に自立することだけではなく、精神的にも自立し、自ら考え行動する姿勢を指します。福澤が生きた幕末から明治に変わる時代では、日本が西洋諸国に対抗し、近代国家として発展するためには、個々人が独立して思考し、自らの力で社会を支えていく必要があると考えられました

この考え方は、現代のキャリア形成においても有効性を失っていません。変化の激しい時代において、自ら考え、学び続ける姿勢が求められており、そのような「学び」が基礎となり、個々の主体的なキャリア形成に繋がると考えます。

理論を踏まえた実体験の話

私たちの仕事は、学問的な基礎に基づきつつも、現実や経験から乖離することなく、ストーリー=『物語』として落とし込むことで、誰にでも分かりやすく「伝える」ことに価値を置いています。この考え方は、企業の採用支援においても、新卒者(大学生)の就職支援・キャリア支援においても、一貫して変わらないコア技術です。

大学での講義において、キャリア支援の観点から私たちが伝えていることは、実体験に基づいたキャリアの歩みとその課題です。
具体的には、以下のようなテーマを扱っています。
・大学時代の「自己分析」や「やりたいこと」探しの重要性
・初職でのキャリアスタートと、それに伴う「リアリティショック」
・能力の形成とともに役職・処遇が向上していくプロセス
・キャリアにおける「壁」の認識と、それを乗り越える際の葛藤
・人事評価の比較対象となる先輩・同期・後輩との距離感の取り方
・「転職願望」の芽生えとその背景にある要因
・キャリア形成とワーク・ライフ・バランスの維持の方法
・配偶者のキャリアやライフイベントとの折り合いのつけ方
これらのテーマは理論を基礎に置きながら、実体験をお話しすることで外部講師の役割を果たすことができる内容だと考えます。

ただし、こうした講義を行う上での一つの課題は、伝える技術の習得です。文章を「書く力」は、独りで執筆を重ねることで向上しますが、聴講者を前にして「話す」力を磨くには、「場数」とプレゼンテーションの専門家からの指導を受ける必要がありそうです。


【引用・参考文献】
・『心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ』ロバート・N・ベラー/島薗進・中村圭志共訳(1991)
・『経済学・哲学草稿』カール・マルクス(1964)
・『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』ロバート・L・デシ(1999)
・『文明論之概略』福沢諭吉(1995)

Recommended Articles