column「政治の人格化」が「採用」に与える示唆

「政治の人格化」が「採用」に与える示唆

2024年7月、イギリスにおける政権交代

2024年7月に実施されたイギリス総選挙において、労働党が下院で650議席中411議席を獲得し、2010年から続いていた保守党政権を14年ぶりに終わらせ、政権を取り戻しました。この結果、労働党の党首であるキア・スターマーが新たな首相に就任し、イギリス政治の潮流がまた変わることとなりました。

イギリスは1945年以降、労働党と保守党の2党が交互に政権を担う、いわゆる二大政党制の政治体制が特徴です。この体制のもと、経済政策や社会保障制度の違いを軸に、両党が政権を交代しながら国政を運営してきました。

第二次世界大戦直後には、労働党のクレメント・アトリーが6年間政権を担い、その間に国民保健サービスの創設や社会福祉の拡充を進めました。その後、1951年には保守党のウィンストン・チャーチルが政権を奪還し、保守党政権は以降13年間続きました。この時期には経済の回復と冷戦下での外交政策が重要な課題となりました。

1960年代以降も保守党と労働党による政権交代が何度か起こり、1979年には保守党のマーガレット・サッチャーが首相に就任しました。サッチャー政権は18年間続き、規制緩和や民営化政策を推進し、経済成長を促進しましたが、社会的な格差の拡大という課題も残します。その後、1997年には労働党のトニー・ブレアが政権を奪取し、「第三の道」と称される中道左派的な政策を打ち出し、2007年まで続く長期政権を築きました。

1945年から2024年までの間において、労働党が政権を担った年数は31年であるのに対し、保守党は49年間と、二大政党制においても保守党の政権期間が長いことが分かります。

1997年、ブレア政権の誕生、「政治の人格化」の始まり

1979年に新自由主義を掲げて政権の座に就いた保守党のマーガレット・サッチャーは、市場経済を重視し、「小さな政府」を推進しました。サッチャー政権下では社会福祉の縮小、国有企業の民営化、規制緩和が積極的に進められ、英国経済の構造改革が行われました。その後、1990年にジョン・メージャーが首相に就任し、サッチャーの基本方針を継承しながらも、より穏健な政策運営を試みました。しかし、景気の低迷や与党内の分裂などが影響し、1997年の総選挙で保守党は敗北、18年にわたる保守党政権は終わりを迎えました。

労働党が1997年に政権交代を果たした背景には、政策的な要因とともに、党首トニー・ブレアのリーダーシップが大きく影響したと考えられています。労働党は1900年の結党以来掲げてきました社会主義的な政策を大幅に見直し、「第三の道」と呼ばれる新たな路線を打ち出しました。この「第三の道」は、市場の効率性を活用しながらも、社会正義や平等を確保するという方針を基盤としており、過度な政府介入を避けながらも福祉政策を適切に維持するバランスを重視した政策でした。

また、ブレアのカリスマ性や演説の巧みさ、メディア戦略の成功も労働党の勝利に大きく貢献したと言われています。ブレアは若くダイナミックなイメージを持ち、従来の労働党のイデオロギー色を薄めることで、広く国民の支持を獲得しました。

リーダーの個人的な魅力やイメージを前面に押し出し、国民の支持を獲得して選挙に勝利し、重要政策を推進する手法は「政治の人格化」と呼ばれています。この手法は、特定のリーダーのカリスマ性やコミュニケーション能力を活かし、政策そのものよりも人物像を重視する傾向が強いのが特徴です。この「政治の人格化」の代表的な例として、トニー・ブレアが挙げられます。ブレアのスタイルは「クール・ブリタニア」とも呼ばれ、当時のイギリス社会に新たな政治の風を吹き込むものとして評価されました。

イギリスではこの手法がいち早く発展し、メディアの影響力を活用してリーダーの個性を前面に出す政治手法が確立されました。日本においても、この「政治の人格化」は2000年代以降、より顕著に見られるようになります。その代表例が2005年の衆議院選挙における小泉純一郎元首相の「郵政選挙」と言えるでしょう。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」という強いキャッチフレーズを掲げ、郵政民営化を争点化し、劇場型の政治スタイルで圧倒的な支持を集めました。この選挙は、日本において「政治の人格化」が本格的に定着した象徴的なケースとされています。

理論家よりもメディア・コンサルタントが活躍する時代に

現代の政治において、リーダーの個人的な魅力を活用する「政治の人格化」は、選挙戦略の重要な要素となっています。特にカリスマ性を持つリーダーをマーケティング手法によって「売り込む」ことは、支持を獲得するうえで欠かせなくなっています。このプロセスでは、リーダーのイメージを巧みに管理するスピンドクターや、選挙キャンペーンを支えるメディア・コンサルタントが極めて重要な役割を果たします。

1997年のイギリス総選挙では、労働党が勝利を収めました。この勝利の背景には、党首トニー・ブレアのカリスマ性を最大限に引き出すための戦略的なイメージ管理がありました。ブレアの発信するメッセージは、短時間で国民に伝わるように工夫された「サウンドバイト(短く印象的なフレーズ)」を活用し、PRのプロフェッショナルたちによって綿密に計画された選挙キャンペーンが展開されたと言われています。

このように、選挙戦においては、政策の詳細よりもリーダーの個人的魅力を明確に国民へ伝えることが重視されるようになっています。その背景には、1945年以降の福祉国家政策の進展もあります。特にイギリスでは、保守党と労働党の間でかつては明確だった政策上の対立が次第に希薄化し、医療・教育・社会保障といった主要政策が政権交代によっても大きく変わらなくなっていきます。1990年代以降、この傾向はさらに強まり、政党間の政策の違いが目立たなくなるにつれて、国民の関心は「政策」よりも「リーダーの個性や魅力」に移行していきます。

政治家は政策を打ち出すだけでなく、カリスマ的リーダー像の構築が、勝敗を左右する大きなな要因となっているのです。

この傾向は、日本の政治においても顕著に見られています。かつては自民党と野党との間で政策面の対立が明確でしたが、現在では政党間の政策の違いが希薄化しつつあります。その結果、選挙戦においては、各政党のトップ・リーダーの個人的魅力が重要な役割を果たすようになっており、特にメディアを活用したイメージ戦略や、SNSを駆使した直接的な発信がリーダーの支持率に大きく影響を与えています。

「政治の人格化」から採用活動への示唆

最後に、「政治の人格化」が採用活動にどのような示唆を与えるのかを考えてみたいと思います。

「政治の人格化」とは、リーダー個人の魅力やカリスマ性が重視され、政策よりも人物の印象が選挙結果に大きな影響を与える現象を指します。この背景には、戦後の福祉国家政策の成功があります。具体的には、経済発展により、かつて保守党の支持基盤であった経営者、資産家、農民と、労働党の支持基盤であった労働者や労働組合との間で、明確な利害対立が顕在化しにくくなったことが挙げられます。政党間の政策的な対立軸が曖昧になると、有権者は「どの政党の政策を支持するか」よりも、「どの政党のリーダーを信頼できるか」に関心を移していきます。その結果、カリスマ性を持つリーダーがメディアを通じて国民に強い印象を与えることが、選挙においてより重要になってきたのです。

日本では、2008年の総人口1億2808万人をピークに、人口減少が続いています。総務省の推計によると、2023年の総人口は1億2433万人となり、この15年間で375万人の減少が見られています。この数値は、茨城県(約280万人)と秋田県(約90万人)を足した人口規模に相当し、減少の深刻さがうかがえます。さらに、少子化の影響は顕著で、15歳未満の人口は総人口の11.4%にまで縮小しました。かつては社会の中心的存在であった若年層が「マイノリティ化」しており、今後の深刻な労働力不足や社会構造の変化が強く懸念されています。

こうした人口減少社会において、企業は将来の基幹社員を確保するため、初任給の引き上げや福利厚生の充実、柔軟な働き方の導入など、さまざまな施策を講じています。しかし、企業間の採用競争が激化する中で、給与や待遇を向上させるだけでは求職者の関心を引きつけるのは難しくなって来ていると言えます。

給与や待遇だけでは求職者の関心を引きつけるのは難しくなっている現在、「政治の人格化」に見られるカリスマ的リーダーと専門家の活躍は、採用活動においても参考になる可能性があります。

「政治の人格化」とは、リーダー個人のカリスマ性や魅力が国民の支持を得る大きな要因となる現象のことでした。ブレアの個人的魅力を最大限に引き出すために、スピンドクター(政治戦略の専門家)やメディア・コンサルタントが計画的にイメージを管理し、またビジュアルやストーリーを駆使し、感情的な共感を呼び起こす戦略も採られました。このような手法は、企業が求職者の関心を引きつけ、競争の激しい採用市場で成功するための示唆を与えてくれます。

企業の採用活動においては、特に、イメージ戦略やコミュニケーション戦略に精通した採用の専門家が果たす役割はとても大きくなっていると言えます。企業のブランド価値を高めるために、SNSや動画プラットフォームを活用し、求職者に向けた効果的なメッセージを発信することの意味は年々高まっています。また、ストーリーテリングの専門家の存在も重要と考えます。企業が持つ独自の歴史や背景、事業を通じた社会貢献、さらには職場環境の実情を具体的に示すことで、求職者に企業文化の「らしさ」や「誠実さ」を伝えることができます。

さらに、経営者・リーダーを支える専門的な支援体制の整備も大切です。採用活動においては、経営者・リーダーと共に人事部門や従業員が一体となり、企業の魅力を戦略的に発信する必要がありそうです。こうした取り組みが、給与や処遇面だけではない他社との違いについて求職者に認識させることに繋がると言えそうです。


【引用・参考文献】
・『ブレア時代のイギリス』山口二郎(2005)

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