columnAIが「答え」を教えてくれる今の「学ぶ意味」

AIが「答え」を教えてくれる今の「学ぶ意味」

「働く意義」と「学ぶ意味」を考える

毎年、大学で同じ時期に講義を担当しています。その講義のテーマは、学生に「働く意義」と「学ぶ意味」を伝えることです。

「働く意義」と「学ぶ意味」は人それぞれ異なります。しかし、労働社会学、心理学、哲学といった分野の研究によると、人が働くことで得られる「楽しさ」や「満足感」には、国ごとの歴史や文化、宗教観による違いはあるものの、多くの共通点があることが示されています。

たとえば、労働社会学の研究では、人は単に収入を得るためだけでなく、自己実現や社会とのつながりを求めて働くことが明らかになっています。心理学では、仕事における達成感や承認が人の幸福感に大きな影響を与えることが指摘されています。また、哲学の観点からは、「働くこと」と「生きること」の関係性について、多くの議論がなされてきました。

大学教授は学問的な知見を学生に伝えることが本職ですが、私のような社会人が講義を担当する意義は、実務経験に基づいたストーリーを伝えられる点にあります。私自身の経験を通して、働くことの意味や学ぶことの価値を、より具体的に伝えることができればと考えています。

AIの進化と学ぶ意味

ここで少し、AIの進化について触れてみたいと思います。

ChatGPTをはじめとするAI技術は、驚くべき速さで進化を遂げています。ほとんどの質問に対し、1~2秒の間に「答え」を提示し、その精度も日々向上しています。こうした進化により、AIが人々の生活や仕事に不可欠な社会インフラとして確立されつつあります。このような時代において、改めて「学ぶ意味とは何か」と自問する人も多いのではないでしょうか。

AIの歴史を振り返ると、その起源は1950年代にまで遡ります。イギリスの数学者アラン・チューリングは「チューリングテスト」を提案し、機械が人間の知性を再現できるかどうかを評価する基準を示しました。これが、AIの基本概念を発展させる道を開いたとされています。

1950年代後半からは、エキスパートシステムや計算解析といった論理的推論をベースとした研究が進みました。これにより、パターン認識技術が発展し、AIの基礎研究が加速しました。1980年代になると、エキスパートシステムの実用化が進み、特定分野における問題解決能力が向上しました。しかし、この時点では処理能力やデータ量の制約があり、AIの活用範囲は限定的でした。

2000年代に入り、インターネットの普及と計算能力の飛躍的向上により、機械学習やディープラーニングが本格的に活用されるようになりました。この技術革新により、画像識別や自然言語処理などの分野で顕著な成果が見られるようになります。そして、2010年代にはディープラーニングがさらに進化し、チャットボットや自動翻訳、音声認識など、実生活に直結するAI技術が登場しました。

2020年代に入ると、AIの進化はさらに加速し、生成AI(Generative AI)が注目を集めるようになります。GPT(Generative Pre-trained Transformer)シリーズをはじめとする大規模言語モデルは、膨大なデータを学習することで、文章の生成や翻訳、質問応答といった高度なタスクをこなせるようになりました。この進化により、AIは特定の領域で人間を超える能力を持つようになり、創造的な作業や意思決定の支援にも活用されるようになっています。かつては専門知識を持つエンジニアしか扱えなかったAI技術も、今では一般の社会人が容易に活用できる時代になりました。

AIが爆発的に進化し続ける現在、「学ぶ意味」はますます多様化し、人によって捉え方が異なるようになっていると感じます。
ちなみに、私自身が考える「学ぶ意味」は、自身の「問題意識」を明確にすることだと言えます。


問題意識と学ぶことの必要性

社会には、解決すべき問題が数多く存在します。そして、それらの問題に取り組むのは、一人ひとりの人間です。しかし、一人の力には限界があります。だからこそ、社会の中で「自分がどうありたいのか」を考え、それを明確にするために、多くの時間を費やし、本から学び、人との議論を通じて「問題意識」を深めていくことが必要だと思います。

仮にAIが、「社会にはこのような問題があり、あなたはこれに取り組むべきです」と「答え」を示してくれたとしても、その課題に心から取り組みたいと思えなければ、実際に行動に移すことは難しいでしょう。社会の「課題」を自分自身の「問題」として認識し、意識を明確にするためにも、人生の多くの時間を費やし、学び続けることが大切なのではないでしょうか。

「学ぶ意味」とは、自分自身の価値観や問題意識を掘り下げ、それを基に行動を起こすための土台を築くことにあるのだと思います。学ぶことで、自分が社会の中で果たすべき役割や、働く意義を見出していけるようになると私は考えています。


働く意義を見つめ直す

私が考える「働く意義」とは、他者と繋がり、社会課題の解決に貢献する中で、自分自身の価値を感じ取ることです。働くことを通じて得られる喜びや満足感は、単なる報酬や成果にとどまりません。それは、他者からの感謝や、自分が社会の一部としての役割を果たしている実感から生まれるものだと思います。「働くこと」は、作業や義務ではなく、私たちの人生に意味をもたらす重要な要素と考えられます。

私が「働く意義」を明確にする上で影響を受けた学びの一つに、社会学者マックス・ウェーバーの著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』があります。ウェーバーは、プロテスタントの勤勉さ、禁欲的な生活、時間の有効活用といった宗教的価値観が資本主義の発展に大きな影響を与えたことを指摘しました。特に、ウェーバーが論じた「職業召命観(ベルーフ)」は、働く意義を考える上で示唆に富んでいます。

この「職業召命観」とは、仕事を単なる生計手段ではなく、神から与えられた使命と捉える考え方です。つまり、自分の職業を通じて社会に貢献し、その役割を果たすことが、「救いの確かさ」にもつながるという視点です。ウェーバーは、こうした倫理観が資本主義の発展を後押しし、労働を苦役ではなく、社会的・精神的な意味を持つものへと昇華させたと述べています。

このウェーバーの考え方は、現代社会においても働く意義を見つめ直す際のヒントとなります。たとえば、仕事を単なる作業として捉えるのではなく、自分自身や他者、さらには社会全体に価値をもたらす行為であると認識できたとき、働くことに対するモチベーションや満足感は大きく向上するでしょう。

また、近年では「パーパス経営」という概念が注目を集めています。これは、企業が単なる利益追求ではなく、社会的意義を持って経営することで、従業員の働く意欲や企業の持続的成長を促す考え方です。個人においても、仕事の目的や意義を明確にすることは、やりがいを見出し、働く喜びを感じるための重要な要素だと考えられている証左と言えそうです。

AIが出す「答え」と人の意志

私は、就職先に悩む学生や転職を決められない社会人と向き合う中で、「就職・転職」に対して問題意識を抱くようになりました。

求職者にとっての「就職・転職」と、企業側にとっての「求人・採用」のマッチングは、単にスキルや条件が一致するだけでは十分ではなく、これまで企業の基本理念を基にしたストーリーを作り上げ、求職者と企業の橋渡しを行ってきました。

たとえば、AIに「求職者と求人企業をマッチングする方法は?」と尋ねると、おそらく「求人企業がより多くの情報を求職者に提供すべきだ」という答えが返ってくるでしょう。その答えは間違っていませんし、実際、多くの経営者や採用担当者がAIを活用すれば、短時間でそのような「答え」を得ることができます。

しかし、大切なことは「答えを知ること」ではなく、「答えをもとにどのように行動するか」だと思います。AIが示す最適解を受け入れ、実際に課題解決に向けて取り組むかどうかは、最終的に「人」の意志に委ねられます。AIが提供する情報や分析結果を活用することは有効ですが、それをどのように解釈し、具体的な行動につなげるかについても「人」の意志に掛かっています。

AIが進化し、多くの情報が容易に手に入る時代だからこそ、自分自身の問題意識を深め、それに基づいて行動することの重要性が増していると考えます。私が講義で伝えたいのは、「学ぶ意味」を再考し、「働く意義」を「自分なりに」見つけ出すことの大切さです。AIがどれだけ進化しても、自分自身の「問題意識」を明確にし、それに基づいて行動する意志を持つことは、人間にしかできないことだからです。これからも、学生たちが自分自身の価値観に気がつき、自らの意志で行動できるよう、社会人としての経験や考え方を伝え続けていきたいと思います。


【引用・参考文献】
・『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス ヴェーバー (著), 大塚 久雄 (翻訳)(1989)

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