2025年7月24日(木)に外部講師を招き『墜落防止用器具のうちフルハーネス型のものを用いて行う作業の業務に係る特別教育』を開催し39名の従業員が参加しました。






近年は若手社員の早期離職にとどまらず、勤続10年〜20年といった中堅・ベテラン社員の離職も増加傾向にあります。「辞められた」側の企業にとっては、大きな損失・問題となっています。30代以上の中堅・ベテラン社員の離職理由を見てみると「給与などの収入が少ないこと」と並んで、「人間関係の悪化」を挙げる人も少なくありません。
2010年代前半から続く人材の“売り手市場”において、企業には採用力の強化に加え、既存社員の離職を防ぐ施策の重要性がますます高まっています。では、一度退職を意識した従業員を、企業努力によって思いとどまらせることはできるのでしょうか。ここでは、その可能性について考えてみます。
少し前の調査にはなりますが、エン・ジャパン株式会社が行った「『カウンターオファー(退職希望者の引き留め交渉)』についてのアンケート」によると、30代以上の転職希望者のうち32%が、実際にカウンターオファーを受けた経験があると回答しています。年代によって若干の差はあるものの、30代〜50代の転職希望者のおよそ3割が、退職の意向を示した際に会社側から引き留め交渉を受けたことがあるようです(引き留め交渉を受けた経験がある人の割合:30代は37%、40代は28%、50代は32%)。
次に、会社から引き留め交渉を受けた人に対し「次の転職先にいくのをやめたことがありますか」と尋ねたところ、24%が「ある」と回答しました。この結果から、一度退職を希望した従業員に対して引き留め交渉が成功するケースは、決して多くはないことが分かります。
年代別に見ると、30代が19%、40代が30%、50代が24%と、いずれも一定数が交渉を受けて転職を思いとどまっています。なかでも40代は、比較的引き留め交渉が成立しやすい傾向が見られました。
引き留め交渉の際に提示された条件については、「昇給」が最も多く、全体の31%を占めました。次いで、特に条件は提示されず「上司からの引き止め」が27%、「他部署への異動」が23%、「新たな事業を任せる」が16%という結果となっています。
退職理由としてよく挙げられる「賃金・収入の不満」に対し、企業側も昇給という形で対応していることがうかがえます。また、「人間関係の悪化」も退職理由として多いため、「他部署への異動」といった環境の変化を提案するケースも少なくありません。
件数としては多くないものの、「新たな事業を任せる」といった、会社側・従業員双方にとって前向きな条件提示も、退職を思いとどまらせる要素として用いられているようです。
最後に、退職の意向を示し、会社から引き留め交渉を受けた結果、転職を思いとどまった人にその理由を尋ねたところ、最も多かったのは「新たな事業に関われる」で、全体の36%を占めました。30代以上の社会人のうち、退職希望を示し会社から引き留め交渉を受けた人は全体の32%。その中で実際に転職を思いとどまった人は全体の24%にとどまっており、退職の意向を示した従業員を引き止められる可能性は決して高くないことが分かります。
そうした中で「新たな事業に関われる」が最も多く挙げられたという点は、企業が退職希望者に対してどのような対応をすべきかについて示唆を与えます。新たな事業への関与が退職慰留の条件として効果を持ったということは、少なからずその従業員にとって「仕事内容の変更」、なかでもチャレンジングな仕事への転換が、「働く喜び」や「仕事の充実感」につながったと考えることができます。
このことから、現在の仕事に満足していない“前向きな不満”を抱える従業員に対しては、新たな挑戦の機会を提供することが有効であると言えそうです。企業にとって、「もっと挑戦的な仕事をしたい」と考える人材を他社に流出させてしまうことは、大きな損失です。この調査結果は、意欲的な従業員への適切な配置転換や業務アサインが、離職防止の有効な施策となりうることを示しています。
一方で、転職を思いとどまった理由の2番目に多かったのは「提示された昇給額が良い」で、全体の33%を占めていました。しかしながら、昇給の提示には慎重な対応が求められます。「退職の意向を示したことで昇給が提示される」ことは、それまでの賃金水準や評価の妥当性に疑問を生じさせる可能性があります。また、退職を示唆した人だけが昇給するということが、他の従業員のモラール・士気を低下させる懸念もあります。そのため、多くの企業にとって、引き留め交渉の際に「昇給」を提示することは難しいといえます。
確かに、昇給によって引き留めに成功したケースも約3割存在しますが、「昇給」という条件を退職慰留も用いることには、組織全体のバランスを考慮した慎重な検討が必要であるといえるでしょう。
前述の調査は、引き留め交渉を受けた従業員側を対象としたものでしたが、エン・ジャパン株式会社は2017年に、企業側に対してもカウンターオファー(退職希望者への引き留め交渉)に関する調査を実施しています。この調査によると、「過去に退職意向を示した社員にカウンターオファーを行ったことがある」と回答した企業は全体の65%にのぼり、過半数の企業が何らかの引き留め交渉を経験していることが明らかになりました。
一方で、引き留め交渉の成功率については、「成功確率が0~20%」と答えた企業が61%と多数を占めており、従業員側の調査結果と同様に、一度退職の意向を示した人材を引き止めることは容易ではない実態が浮き彫りとなっています。
退職意向を示した従業員に対して、企業が慰留のために提示した条件について調査したところ、最も多かったのは「他部署への異動」(37%)、次いで「昇給」(21%)という結果となりました。
退職・転職理由として「人間関係」が上位に挙げられることが多い点を踏まえると、社内の人間関係をリセットする手段として「他部署への異動」を提示する企業が多いことは理解しやすい傾向です。また、「賃金・給与水準」への不満も退職理由として頻出するため、その不満を解消・緩和する手段として「昇給」が提示されるケースも多いと考えられます。
一方で、転職を思いとどまった理由として従業員側から最も多く挙げられていた「新たな事業に関われる」という項目については、実際に企業側が引き留め条件として提示した割合はわずか5%にとどまりました。このギャップは、前向きな動機で転職を考えている従業員の数自体が少ないこと、また、企業としても「新たな事業を任せる」という条件を提示できるケースが限られていることを示唆しています。
とはいえ、数は少なくとも、挑戦意欲のある“前向きな”従業員を退職させずに活かしていくためには、そうした人材に対して適切な配置転換や新たな役割を提示することの重要性が見えてきます。企業にとって、ポジティブな意欲を持つ人材を社内でどう活かすかは、人材流出を防ぐ上でも重要なテーマといえそうです。
会社から「新事業を任せる」といった“前向き”な慰留条件が提示された際、「新事業に関われる」という点に魅力を感じて退職を思いとどまる、意欲的な転職希望者も存在します。今回は、こうした傾向について、ミイダス株式会社が実施した調査結果をもとに詳しく見ていきたいと思います。
ミイダス株式会社は、過去3年以内に転職した会社員を対象に、「ハイパフォーマー社員」と「一般社員」の転職行動を調査・比較しました。なお、ここでの「ハイパフォーマー社員」とは、「転職前の会社において、上位10%以上の成果を上げていた」「トップセールスやMVPの受賞経験がある」「社内表彰を受けたことがある」などの条件を満たす人を指します。
この調査によると、「転職を考え始めたきっかけ」について、「ハイパフォーマー社員」で最も多かった理由は「成長やキャリアアップの機会が限られていたから」で、実に64.9%と6割を超える回答が得られました。一方で「一般社員」では、「上司や同僚など人間関係に不満があった(問題があった)」が最も多く42.3%、次いで「給与が低かった」が41.3%となっています。
「ハイパフォーマー社員」が「成長やキャリアアップの機会の不足」を転職理由に挙げている点は、前述のエン・ジャパン株式会社の調査結果とも符合します。同調査では、「新たな事業に関われる」といった前向きな慰留条件を提示された際、そのまま会社に残る人の割合が(絶対数としては多くないものの)比較的高かったことが明らかになっています。つまり、従業員の中には成長意欲や高いキャリア志向を持つ人も一定数おり、そうした人材にはその意欲に応えるような仕事の与え方や、成長を促進できる職場環境の整備が求められるという示唆が得られます。
また、「ハイパフォーマー社員」も転職理由として「上司や同僚との人間関係に不満があった(問題があった)」ことを挙げており、この点は「成長やキャリアアップの機会が限られていた」という理由とも関連している可能性があります。すなわち、高いキャリア志向を持つ社員に対して、上司や同僚が挑戦やチャレンジを妨げるような職場の雰囲気を醸成してしまっていることが、不満の原因となっていないか、検証する必要があるかもしれません。
一方で「一般社員」に関しては、これまでのさまざまな調査結果と同様に、「人間関係」と「給与水準」が転職の主なきっかけとなることが、改めて確認されました。
次に、「会社からどのような働きかけがあれば、転職を踏みとどまれたと思いますか」という問いに対する回答を見てみましょう。
「ハイパフォーマー社員」の回答では、「昇進の機会の提供」が55.0%と最も多く、次いで「成長機会の提供」39.6%、「仕事内容や業務負担の見直し」35.1%、「希望する部署への異動」33.3%と続いています。いずれも、自身のキャリアアップに直結する項目が上位を占めており、「ハイパフォーマー社員」が仕事を通じた成長や挑戦を重視していることがうかがえます。
つまり、「ハイパフォーマー社員」は、昇進によってより困難でやりがいのある業務に就きたいと考えており、成長のために仕事内容や業務の見直し、あるいは希望部署への異動を望むなど、「仕事中心」の要望が目立ちます。
一方で「一般社員」に関しては、「給与の改善」42.3%、「上司や同僚との人間関係の改善」32.7%が、転職を思いとどまるための働きかけとして挙げられています。こちらは職場環境や待遇面の改善が主な関心事となっていることがわかります。
「会社を辞めたいと思います…」という従業員からの退職の申し出があった時には、すでに退職を思いとどまらせることは非常に難しいということが分かってきました。
しかしながら、実際に退職を引き留めることが困難だとしても、従業員が退職を決意した理由については丁寧に耳を傾ける必要があります。割合としては多くないものの、「さらなる成長」や「より高いキャリアアップ」を求めて退職を希望するケースもあり、そのような場合には、本人が希望する“挑戦的な部署”への異動や、新規事業の担当を任せるといった対応により、会社と従業員双方が折り合える形で人材の流出を防ぐことができる可能性が示唆されています。
また、退職時には「本当の退職理由を会社に伝えない」従業員も多いことから、日頃から従業員の不満の背景に「高いキャリア志向」が潜んでいないかどうかを、注意深く観察していく姿勢が求められるのではないでしょうか。
【引用・参考文献】
・『-令和5年雇用動向調査結果の概況-』厚生労働省(2024)
・『「カウンターオファー(退職引き止め交渉)」についてアンケート調査』エン・ジャパン株式会社(2014)
・『「カウンターオファー」実態調査」エン・ジャパン株式会社(2017)
・「転職活動をして実際に転職した人の比較調査」ミイダス株式会社(2024)
各種調査によれば、年齢や性別を問わず、多くの従業員が「職場の人間関係が好ましくなかった」ことを理由に離職しています。企業にとって、深刻な人手不足が続く中で、貴重な人材が「人間関係」を理由に流出してしまうのは大きな損失です。離職時に「本当の理由」を会社に伝えないケースも少なくありませんが、複数の調査結果を見る限り、「人間関係」が原因で人材が離れていくケースは、実際に多くの企業で起きていると考えられます。
今回は、「職場の人間関係が好ましくなかった」という離職理由について、具体的に見ていきたいと思います。
エン・ジャパン株式会社の調査によると「人間関係が転職のきっかけになったことはありますか?」という質問に対し、転職経験者の53%が「ある」と回答しています。年代別に見ると20代が55%、30代が53%、40代以上が52%と、年齢に関係なく職場の人間関係が転職のきっかけになっていることがわかります。
このことから、職場の人間関係に関する問題は、年齢や経験を重ねてもなお解消されるものではないことが示唆されます。
さらに、「人間関係が転職のきっかけになったことがある」と回答した人に対して、その対象が誰だったのかを尋ねたところ、45%が「先輩」と答えています。
この傾向は年代によっても大きな差はなく、20代では46%、30代以上でも44%と、いずれの世代でも「先輩」が人間関係の問題の中心であることがわかります。特に、30代以上の、いわば“自らが先輩となる立場”にある人々にとっても、「自分より上の先輩」との関係が転職のきっかけになり得ることは、職場における先輩の影響力の大きさを示していると言えます。
一方、「直属の上司」との関係を転職理由に挙げた人は全体の18%にとどまり、「先輩」と比べると半数以下となっています。直属の上司よりも、より身近で接点の多い「先輩」との関係性が、転職を決意するきっかけになりやすいという点は、注目すべき結果です。
次に、転職のきっかけとなり得る「直属の上司」や「先輩」との人間関係において、難しさを感じた理由を尋ねたところ、「威圧的に感じる」が全体の半数となる50%を占めました。次いで「気分に浮き沈みがある」48%、「指示に一貫性がない」44%、「人柄が信頼できない」40%、「評価が公平・公正ではない」35%、「自分の意見や考えに耳を傾けてくれない」28%と続きました。
確かに、いずれの理由も人間関係を難しくする要素になっていますが、その中でも特に関係を困難にしているのは「威圧的な態度」にあるようです。
「上司」に関しては、工事現場や重量物を扱う製造現場など、ほんの些細なミスでも従業員の生命を奪いかねない危険な作業環境の場合、労働安全のために時には「威圧的」と捉えられるほど厳しく指導・教育を行う必要性もあります。
一方で「先輩」については、「後輩」を支える役割こそありますが、威圧的な指導までは求められていないのではないでしょうか。
日本の伝統的な慣例では、職場における「先輩・後輩」の関係は入社年次によって決まることが多く、勤続年数が年齢・学歴・他社での経験年数よりも優先される傾向があります。「あなたより先に会社に入ったから先輩」といった認識が未だに多くの企業で一般的に受け入れられているのではないでしょうか。
しかし、入社年次順に決まった「先輩」が、後から入社した「後輩」に対して威圧的な接し方を続けることを、職場が許容し続けるべきかどうかは、労務管理上の重要な課題だと考えられます。
これまでの日本の慣例に従えば、「先輩」が「後輩」に対して時に威圧的に接したとしても、それは指導の範疇としてある程度許容されてきました。しかし現在は、多様な経歴を持つ人材を採用し、一つのチーム・組織として機能することが求められる時代です。入社年次による「先輩・後輩」関係を固定化し続ければ、「後から入社した」人材が本来の能力を十分に発揮できない状況を生み出しかねません。
これまでの日本的雇用慣行そのものを見直す時期に来ているのではないでしょうか。
日本の伝統的な雇用慣行では、新卒者は学校卒業後に一括採用され、入社後に社内研修を通じて技術やスキルを身につけます。その後、様々な部署で経験を積み、キャリアの終盤では選抜を経て経営層に組み入れられていく仕組みが一般的でした。このような新卒一括採用、年功序列的な昇進制度、それに伴う終身雇用は、「理想的」なキャリアモデルとされてきました。この「理想的」なキャリアモデルは、毎年一定数の新卒者が採用され、一企業内で長期的に勤続することを前提としています。
4月に入社した複数名の新卒者は、学校生活と同じように「同期」としてフラットな人間関係を築いていく一方で、1年でも早く入社した人に対しては、年齢にかかわらず「先輩・後輩」としての関係が形成されることが多いのが実情です。日本の伝統的な雇用慣行における「人間関係」の基礎は入社年次に重点が置かれ、新卒で「先に入社した人」は年齢に関係なく、「後から入社した人」、つまり中途採用者(現在ではキャリア採用者という言葉がよく使われます)の「先輩」として扱われるのが一般的でした。
このような慣行は、毎年4月に新卒者が定期的に入社し、中途採用が比較的少なかった時代には一定の職場秩序の形成に貢献したと考えられます。しかし時代は変わり、企業が新卒者の一括採用だけにこだわらなくなった現在では、入社年次を「先輩・後輩」関係を決定する主要な要素として位置づけることが合理的かどうか、議論の余地があります。
特に離職理由として「先輩との人間関係」を挙げる人が多く、具体的には「先輩の威圧的な言動」が問題とされる現状を考えると、企業は従業員間の「先輩・後輩」という関係性そのものを見直す必要がありそうです。入社年次にかかわらず、多様な人材が活躍する組織内の人間関係はフラットにすることが現代の企業社会には求められています。職場における人間関係はあくまでも業務上の「役割」に基づいて構築されるべきであり、「入社年次が早い」という非公式な要素に基づく「先輩・後輩」関係は、時代の変化に伴い再考されるべきではないでしょうか。
現在、組織論の祖としても知られるチェスター・I・バーナードは、ニュージャージー・ベル電話会社の社長時代の経験を基に、1938年に『経営者の役割』を著しました。当時の主流は、1910年代にフレデリック・W・テイラーが提唱した「科学的管理法」(動作研究・標準化・課業管理等)であり、管理者主導の労務管理が中心でした。しかしバーナードは、職場(組織)を目的を共有する人々が協力して成り立つ「協働システム」として捉え、生産性を高めるためには、個人の貢献意欲を促進する施策が重要であると説きました。
テイラーの「科学的管理法」では、管理者が生産現場の作業手順や作業時間などすべての計画を立案し、労働者を徹底して指導し、計画通りに動かすことが求められました。
一方、バーナードは『経営者の役割』の中で、「上司が命令を出すこと=権限がある」とは見なしませんでした。バーナードによれば、上司の命令は、部下がその命令を「受け入れる」ことではじめて権限が成立します。つまり、命令の正当性(権限)は、受け手である部下が命令を受け入れるかどうかに依存するという考え方です。
テイラーの「科学的管理法」では管理者の命令は絶対的であり、部下が命令に背くという状況は想定されていませんでした。しかしバーナードは実際の企業経営の中で、上司が命令を出しても部下が従わない現場に幾度となく遭遇しました。あるケースでは、ベテラン作業員が管理者の指示した作業手順に従わず、自らの判断で作業を進めていました。最初は管理者が問題視したものの、詳しく検証すると、そのベテラン作業員が考えた手順の方が合理的で、生産性も高かったことが判明しました。このような経験を経てバーナードは、部下が命令に従わないのには合理的な理由があり、部下自身が命令に納得することの重要性を認識するようになりました。
こうした経験から、バーナードは「権限受容説」を提唱します。これは、上司や管理者が命令を出したとしても、部下がそれを「受け入れ」ない限り命令には正当な権限が付与されないという考え方です。また、命令が成立するには、部下側に以下の4つの条件が必要であるとしています。
①命令の内容を理解できること、②命令が組織の目的と一致していると感じられること、③命令が自分にとって損ではなく、利益または納得感があること、④命令の実行が可能であること。
このバーナードの「権限受容説」は公式組織における上司・管理者と部下の関係を対象としています。明確に定義された上司・部下の関係においても、部下が命令を「受け入れる」かどうかには、部下側の意思決定の余地があるため、公式組織上では何ら権限を付与されていない「先輩・後輩」関係においては、さらに繊細な問題として考える必要があります。
前述のように、上司や先輩との人間関係に難しさを感じる理由を、バーナードが提示する「命令が成立するための部下側の条件」とあわせて考えると、「指示に一貫性がない」「論理的に説明してくれない」「具体的なアドバイスをくれない」といった理由は、「命令の内容を理解できる」ことを妨げていると解釈できます。また、「自分の意見や考えに耳を傾けてくれない」と感じることは、「命令への納得感」を得ることを難しくしていると言えるでしょう。
もし、「後輩は先輩に従うもの」という暗黙の了解のみに頼って人間関係を築こうとすると、ますます後輩の納得を得ることは難しくなっていると考えられます。バーナードの説に従えば、「先輩」が「先輩」として扱われるためには、「後輩」からその正当性を「受け入れられる」必要があります。単に入社年次が早いという理由だけでは、もはや十分な根拠とは言えません。先輩が「先輩」として相応しい行動を取るからこそ、後輩が敬意を抱き、自然に敬うことを「受け入れる」ようになると考えられます。この意味で、現代では「先輩」という立場にある人が、後輩から自然と慕われる理想の「先輩」になる努力が、より一層求められていると言えそうです。
古典的な組織論から学ぶべきことはまだ多くありそうです。
【引用・参考文献】
・『1万人に聞く「職場の人間関係」意識調査』エン・ジャパン株式会社(2018)
・『経営者の役割』チェスター・I・バーナード(1979)
「最近は新入社員だけではなく、中堅社員も辞めてしまう…どうしたらよいのか」。
このような悩みを聞くことが多くなってきています。
現在でも完全に崩れた訳ではない「日本的経営」、つまり、日本における特徴的な雇用慣行といわれる①新卒者一括採用、②年功序列的処遇制度、③(結果としての)終身雇用。これらの3つを柱とする仕組みは、いまだに企業文化の根底に残っています。
その特徴の一つが、学校を卒業したばかりの若者を新卒として採用し、社内のさまざまな部署に定期的に異動させながら、将来の管理職・経営者に必要な知識・技能・マネジメント経験を積ませるというものです。これらの結果として、10代後半から20代で入社し、60代の定年まで一つの会社でキャリアを完結させる—このような“理想的な”労働・雇用モデルが日本の人事労務管理諸制度の前提となってきました。
このモデルに照らせば、キャリアの途中にある30代~40代の“中堅”社員が退職・転職するという現象は、個人にとっても企業にとっても大きな“損失”と映ります。では、新卒入社後、10年以上の経験を積んだ中堅社員が会社を辞めるという現象は、どのように理解すればよいのでしょうか。これからの人事制度を考える上でも、過去と現在の離職の状況を比較しながら考察していきたいと思います。
厚生労働省が2024年8月に公表した「令和5年雇用動向調査結果」によると、2023年1月1日時点の労働者数は51,847,000人で、そのうち正社員(一般労働者:期間の定めのない労働者)は37,298,000人でした。そして、この約3,700万人の正社員のうち、2023年1月から12月までの1年間で4,517,000人が離職しています。つまり、正社員の離職率は12.1%(離職率=離職者数 ÷ 1月1日現在の一般労働者数 × 100)であり、2023年には正社員の1割以上が離職を経験していることになります。
正社員(一般労働者)の離職傾向を男女別に見ると、2023年の離職者数は男性が2,573,000人、女性が1,944,000人となっており、数としては男性の方が多くなっています。次に、産業別に正社員(一般労働者)の離職者数を見てみると、最も多いのは「医療、福祉」で、年間734,600人が離職しています。これに続くのは「卸売業・小売業」が675,200人、「サービス業(他に分類されないもの)」が616,700人、「製造業」が573,200人、「宿泊業・飲食サービス業」が370,300人となっています。
転職者が前職を辞めた理由を見てみると、男女ともに「その他の個人的理由」が最も多く挙げられています。
もう少し詳しく見てみると、まず男性20~24歳では「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が11.4%と「その他の個人的理由」に次いで高い割合を占めています。25~29歳になると「仕事の内容に興味を持てなかった」が14.1%と最も多くなり、離職理由の中心が労働条件から仕事内容へと移っていることが分かります。
さらに、30~34歳では「給料等の収入が少なかった」が14.1%となり、25~29歳で最多だった「仕事の内容に興味を持てなかった」を上回る結果となっています。
35~39歳では「給料等の収入が少なかった」(11.3%)と同じ割合で「職場の人間関係が好ましくなかった」(11.3%)が挙げられており、人間関係が離職理由として顕著に現れ始める年代といえます。
40~44歳、45~49歳でも「職場の人間関係が好ましくなかった」が離職理由の上位に位置しており、その傾向は続いています。
20~24歳では、多くが大学や専門学校を卒業して初めて職に就くタイミングであり、「労働時間・休日などの労働条件」が離職理由として大きな要因となるようです。一方、入社後数年を経た25~29歳では、「仕事の内容」が自分に合っているかが離職を考える主要な動機となり、30~34歳では結婚や家庭形成といったライフイベントとも重なり、「収入」に対する関心が強まることは、理解しやすい傾向といえるでしょう。
そして、35歳以降になると、「職場の人間関係が好ましくなかった」が離職理由として多く挙げられるようになります。この「人間関係」の中には、上司との関係性、先輩・後輩の関係に加えて、35歳前後では経営層や部下との関係も関わってきます。また、「同期」だった人が上司になったり、「後輩」が先に昇進したりすることで、それまでの関係性に変化が生じ、結果として職場に「居心地の悪さ」を感じることも少なくありません。
このように、ミドル世代以上における「職場の人間関係」は、非常に複雑かつ個人的な要素が絡み合うため、単に「人間関係」として一括りにするのではなく、どのような関係性が離職を決断させたのか、さらに詳しい分析が求められるといえるでしょう。
エン・ジャパン株式会社が実施した『本当の離職理由』調査(2024年)によると、「退職時に会社に伝えなかった“本当の退職理由”はありますか」との問いに対し、転職経験者の54%が「話しても理解してもらえないと思ったから」「円満退職をしたかったから」といった理由で、実際の退職理由を会社に伝えずに退職していたことが明らかにされています。
会社に伝えなかった“本当の退職理由”としては、「人間関係が悪かった」が最も多く46%、次いで「給与が低かった」が34%、「会社の将来性に不安を感じた」が23%という結果でした。
厚生労働省の「雇用動向調査」では、男性の退職理由として最も多かったのは「その他の個人的理由」(17.3%)であり、次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」(9.1%)、「給与等収入が少なかった」(8.2%)、「労働時間・休日などの労働条件が悪かった」(8.1%)と続いています。エン・ジャパンの調査結果と比較すると、「人間関係」や「給与」といった理由がいずれも上位に挙げられており、共通点が見られます。
厚生労働省の調査では、特定の退職理由が際立って多いわけではありませんでしたが、エン・ジャパンの調査では「人間関係」が突出して高くなっている点が特徴的です。これは調査方法の違いによるものと考えられますが、労務担当者としては、従業員の退職理由として共通している点は「人間関係」と「給与」が上位に挙がっていることを把握しておく必要がありそうです。
次に、現在正社員として働いているものの「今の仕事を辞めて別の仕事に就きたい」と考えている人、あるいは「今の仕事に加えて、別の仕事もしたい」と考えている人、すなわち「転職等希望者」について見ていきます。
前述の通り、2023年1月1日時点での正社員(期間の定めのない労働者)は37,298,000人でした。そして、2023年1月から12月までの1年間に転職を希望した正社員は5,510,000人。総数約3,729万人のうち、551万人が転職を希望しているということは、正社員の約14.7%が転職を希望している計算になります。
雇用形態を問わず(正社員、パート・アルバイトなどの雇用形態を問わず)、年齢階級別に転職希望者数を見てみますと、15~24歳は68万人、25~34歳は246万人、35~44歳は225万人、45~54歳は235万人、55~64歳は134万人と、20代から30代前半の「若手社員」のみならず、30代後半から50代前半の各年齢層で200万人を超える労働者が転職を希望していることが分かります。
学歴別では、25~34歳および35~44歳の年齢層において、大学卒業者の方が転職願望を抱えている傾向が見られます(25~35歳は高校生以下の学歴の転職希望者は75万に対して、大学卒者は112万人が転職を希望している。35~44歳においては高校生以下の学歴の転職希望者は79万人に対して、大学卒者は84万人が転職を希望している、といったように、大学卒業者の転職希望者がやや多くなっています)。
大学を卒業し、新卒として企業に入社。社内で教育訓練を受けながら、さまざまな部署を経験し、やがて管理職に登用され、社内選抜を経て経営層に組み入れられていく。こうした長期勤続を前提とした教育訓練、ジョブローテーション、年功的に運用されることの多い職能資格制度や定期昇給制度といった日本的雇用慣行だけでは、他社への労働移動(転職)を抑えることが、次第に難しくなってきているようです。
このような状況を見ると、「3年続けばその後は長く勤める」と言われていた“若年層の早期離職”という現象は、もはや若者に限った話ではなくなっているように見えます。むしろ、30代・40代とキャリアを積んできたミドル層であっても、若年層と同程度に転職願望を抱えている人が増えていると言えるでしょう。
続いて、いわゆる正社員(一般労働者)の離職者数の推移を見てみましょう。「最近はすぐに辞めてしまう従業員が増えている」と囁かれることの多い昨今ですが、実際の離職者数を見ると、2021年の1月から12月までの1年間で4,129,900人でした。翌2022年は4,414,900人、2023年は4,517,600人が1年間で離職しており、ここ3年間で確かに離職者数は増加傾向にあります。
しかし、離職理由を問わず離職者数の推移を見ますと、1990年代からすでに年間400万人を超える正社員が離職している状況です。2023年の離職者数約450万人を上回る年も複数存在し、とくに2001年には4,822,600人が離職しており、2023年より30万人以上多くなっています。したがって、離職者数の推移だけを見た場合「近年になって特に離職者が急増している」とまでは言い切れない状況にあると言えるでしょう。
続いて、1年間で離職した人の年代別の構成比を雇用動向調査から見ていきます。これまでは、若手社員の早期離職が労務管理上の課題として取り上げられてきましたが、近年では「10年以上」勤続した中堅・ベテラン社員の離職が目立つようになっています。
とくに2018年を境に「10年以上」勤続していたベテラン(熟練)労働者が最も多く離職しており、その傾向は現在も続いています。2018年「10年以上」勤続者の比率は25.1%と最多となり、その後2021年には28.2%と全離職者の3割弱が「10年以上」勤続者となっています。また、「5年以上10年未満」のまさにこれから会社の中核として活躍が期待される層の離職率も年々上昇しています。具体的には、2018年には全離職者のうち「5年以上10年未満」が14.6%だったのが、2019年には16.0%、2022年には16.9%、そして直近の2023年には18.8%と増加傾向が続いています。
このように勤続年数別に離職者の構成比の推移を見てみると、近年経営者からよく耳にする「最近は新入社員だけでなく、中堅社員も辞めてしまう…」という声が、統計的にも裏付けられていることが分かります。一方で、入社から「6ヵ月未満」および「6ヵ月~1年未満」に離職する、いわゆる早期離職者は、全離職者のうちおよそ2割程度にとどまっています。この点からも「今どきの若者はすぐ辞めてしまう」というステレオタイプ的な見方には注意が必要です。
現在は、若年層よりもむしろ中堅・ベテラン社員の離職が相対的に増加しており、企業にとっては新たな課題となっています。
先に見たとおり、30代の中堅・ベテラン社員の離職理由(「その他」の理由を除く)として最も多かったのは「給料などの収入が少なかった」というものでした。では、実際に転職した人たちは、収入面で改善があったのでしょうか。厚生労働省「雇用動向調査」のデータから、30~44歳で離職・転職した人の賃金変動を見てみましょう。
いわゆる中堅・ベテラン社員と呼ばれる30~44歳の労働者が離職し、新たな会社に雇用された際「1割未満の増減」、つまり転職によって賃金がほとんど変わらなかった人の割合は50.5%と、約半数を占めています。これは1991年以降の推移においても変わらず、転職による賃金変動が「ほとんどない」という傾向は長年続いています。
一方、「1割以上の増加」があった人は28.8%と約3割にとどまっています。長期的な推移を見ると、日本経済が過熱していたバブル期末期の1991年には、転職者の41.0%が「1割以上」賃金が上昇していました。しかし、バブル崩壊後の1997年にはこの割合が17.7%にまで下降。その後も、2012年までは「1割以上」賃金が上昇した人の割合が2割未満にとどまる時期が続きましたが、2013年以降は、徐々にこの割合が増加する傾向にあります。
1990年代前半のバブル経済期には、多くの企業が新卒だけでなく、30~44歳の中堅社員に対しても高い需要を持っており、求職者は現在よりも有利な処遇・賃金を提示する企業への転職を選ぶ傾向が強く見られました。企業側も人材確保のため、他社より高い賃金水準を提示する傾向がありました。現在も「人手不足」や「売り手市場」の状況が続く限り、30~44歳の転職者の中で「1割以上」の賃金増加を得る人の割合は、今後も上昇していくと考えられます。
企業にとっては、採用戦略の一環として、年齢・経験・スキルに応じた適正な賃金提示が、これまで以上に求められそうです。
最後に、この「売り手市場」における20~29歳の転職時の賃金動向について見ていきましょう。
20~29歳の転職者のうち、転職による賃金の変動が「1割未満」にとどまった人は51.1%で、30~44歳と同様に約半数が「ほとんど変わらない」という結果でした。しかし注目すべきは「1割以上」賃金が増加した人の割合が34.3%と、3割を超えている点です。つまり、20代では比較的多くの人が、より良い労働条件の企業への転職を実現していると言えます。反対に「1割以上」賃金が減少した人は12.9%にとどまっています。
前述の通り、25~29歳の男性における離職理由で最も多かったのは「仕事の内容に興味を持てなかった」(14.1%)というものでしたが、離職者の約3割が転職によって「1割以上」賃金が増加しています。「仕事」を軸に転職した結果として、賃金も上昇している、そうした理想的な転職を実現している20代が、決して少なくないことがこのデータから分かります。
20代の人材を採用したいと考える企業にとっては、「仕事内容」の魅力だけでなく、「賃金」面でも他社と差別化できる工夫がますます求められる時代になっていると言えそうです。
次のコラムでは、30代以降の多くの人が転職理由としてあげている「職場の人間関係が好ましくなかった」、その人間関係の内容について探ってみたいと思います。
【引用・参考文献】
・『-令和5年雇用動向調査結果の概況-』厚生労働省(2024)
・『労働力調査(詳細集計)2024年(令和6年)平均結果』総務省(2025)
・『令和2年転職者実態調査の概況』厚生労働省(2021)
・『性・年齢階級・最終学歴・現在の勤め先での職種、転職回数別転職者割合』厚生労働省(2021)
・『本当の退職理由調査(2024)』エン・ジャパン株式会社(2024)
先のコラムでも紹介したように、新卒者が数多くの求人企業の中から「この会社に入りたい」と思う瞬間、つまり、自分にとって「やりがい」のある会社だと感じる瞬間が「面接」において訪れることが、長崎県の調査によって明らかになりました。
長崎県が2019年度から2022年度までの4年間にわたり実施した「大学生の就職意識アンケート調査」によると、2019年の調査時点で、大学生が就職先を選ぶ際に最も求めているのは、その仕事に「やりがい」を感じることだと分かりました。さらに、2020年度の調査では、大学生が求める「やりがい」とは何かについて詳細に調査されました。その結果、「やりがい」とは、「能力・知識を生かせること」「仕事を通じて自分の成長を感じられること」「社会に貢献していると実感できること」を指すことが分かりました。
この調査の特筆すべき点は、大学生が就職先の選定プロセスのどの段階で「やりがい」を感じるのかを明らかにしたことです。就職活動中に「やりがい」を感じた場面について尋ねたところ、「選考段階で、自分に関心を持ってくれていると感じたとき」が、3回の調査すべてにおいて最も多く挙げられました。この「選考段階」は、具体的には面接を指すと考えられます。
1990年代中頃から2000年代中頃までの就職氷河期においては、面接は企業が数多くの求職者・新卒者の中から「選ぶ」ための場としての意味合いが強かったようです。しかしながら、2010年代前期頃から求職者・新卒者の「売り手市場」が顕著になるにつれ、採用面接の意味合いも徐々に変化してきました。
現在では、面接において求職者・新卒者の入社意欲を損なわない工夫がなされています。さらに、長崎県の調査結果が示すように、面接は求職者・新卒者に対して「やりがい」のある会社であることを理解してもらう大切な場となっています。
近年の新卒採用市場では、複数の企業から内定を得ることが一般化しています。マイナビの調査によると、「その企業に入社したいと最初に思ったタイミング」として、「一次面接から最終面接受験時」を挙げる新卒者が多いことが明らかになっています。
また、新卒者の半数以上(55.8%)が「面接官とのやり取りを通じて、『ぜひこの企業に入社したい』と思ったことがある」と回答しています。これは、企業側がいかに「面接」という場を工夫し、魅力的な場にするかが、新卒者獲得の鍵となることを示唆しています。
それでは、求職者・新卒者にとって「やりがい」を感じるための場と時間となっている採用・就職面接についての現状を見てみましょう。
株式会社学情が新卒採用を予定している企業の人事・採用担当者を対象に実施した調査によれば、面接において予定している質問項目は「志望理由」(72.9%)、「学生時代に力を入れたこと」(60.0%)、「どのような社会人になりたいか」(47.1%)、「アルバイト・サークルなどの経験」(44.3%)といった内容が上位にあげられています。
「なぜ当社を志望されたのですか」といった志望理由・志望動機を新卒者に尋ねるスタイルは(諸説ありますが)、1990年代前半のバブル経済崩壊後に、企業が採用予定人数を大幅に絞り、多数の就職志望者の中から少数を選抜する必要に迫られたことが背景にあるとされています。
志望理由・志望動機を尋ねることで、求職者がどの程度自社を調べ、就職に向けた準備をしてきたかを測るとともに、とくに長期勤続を前提とする日本企業では「長く勤められるか」を見極める意図がありました。長期勤続を前提としたジョブローテーションや複線型のキャリア形成は、日本における伝統的な雇用形態といえます。
また、日本企業では一度採用した人材を簡単には解雇できないため、会社が指定する業務を長期間にわたって遂行できる人材かどうかを見極める手段として、個人のモチベーションや動機づけを問う「志望理由」の質問が重視されてきました。
しかし、1990年代後半から2000年代前半にかけての「買い手市場」では、多くの企業が新卒者を「選ぶ」立場にありましたが、近年の「売り手市場」においては、従来のように「志望理由」を尋ねることの意義が再考されるべき局面にあります。新卒者の多くは複数の内定を得ることが一般化しており、4月に入社する企業を慎重に「選ぶ」時代となっています。そのため、むしろ企業側が新卒者を貴重な人材として迎え入れたいと考えているかどうかを、新卒者自身が見極めるケースも増えてきました。
このように労働市場の構造が変化し、企業が新卒者・求職者に「見極められる」立場となった現在、面接のあり方も変わる必要があります。特に、面接での質問は、新卒者や求職者が「やりがい」を感じられる内容であることが求められそうです。
次に、新卒者・求職者が就職面接において伝えたいこと、アピールしたいこととはどのような事柄なのかを見てみましょう。
株式会社学情の調査によると、面接で最もアピールしたいこととして多くの新卒者が挙げたのは「学生時代に力を入れたこと」(53.8%)でした。これに続き、「アルバイト経験」(44.6%)、「高校時代に力を入れていたこと」(22.9%)が挙げられています。
一方で、採用担当者の7割以上が面接で質問する予定である「志望理由」については、新卒者にとってアピールしたいことの上位には入っていません。「志望理由」をアピールしたいと回答したのは18.5%にとどまっています。また、採用担当者が面接で質問する予定の上位3番目である「どのような社会人になりたいか」(47.1%が質問を予定)についても、アピールしたいと考えている新卒者は17.2%にとどまり、採用側と求職者の間で「聞きたいこと」と「アピールしたいこと」にギャップがあることが分かります。
これまでの労働市場では、多くの応募者の中から採用者を選ぶことができ、内定を出した新卒者の多くが4月にそのまま入社するという状況でした。そのため、企業が「聞きたいこと」を質問し、新卒者が事前に準備した内容を答えるスタイルが一般的でした。しかしながら、現在は「売り手市場」へと変化し、企業側が選考を行うだけでなく、新卒者にとっても面接が「やりがい」を感じる重要な時間であることが認識されるようになっています。この変化に伴い、企業は面接において応募者に「やりがい」を見出させる内容や質問を工夫することが求められています。
その意味では、新卒者がアピールしたいと考えている「学生時代に力を入れたこと」や「アルバイト経験」をあえて質問することで、面接を通じて「この会社に期待されている」という感覚を持たせる工夫が効果的といえるでしょう。また、「学生時代に力を入れたこと」を面接担当者が上手に引き出し、自社での活躍イメージを深めるプロセスとして「面接」を再定義することも重要です。
そう考えると、新卒者があまりアピールしたいと考えていない「志望理由」を、やりがいを感じさせる場である面接において必ずしも問う必要があるのか、社内で再検討することも有益かもしれません。「志望理由」を問わなくとも、自社への志望順位や長期的なキャリア形成について推し量る方法は他にも考えられるでしょう。
多くの企業の中から「やりがい」のある会社だと感じる瞬間は、面接の場であることを念頭に置き、新卒者がアピールしたいポイントを質問し、それを自社の仕事に関連づけて確認することで、「この会社なら自分の能力を活かせる」と感じてもらうことができます。このような取り組みが、現在の「売り手市場」を勝ち抜く一つの方策といえそうです。
【引用・参考文献】
・「EBPMのための統計データ採取と利活用について 大学生の就職意識アンケート調査分析結果 (2019年度~2022年度)」長崎県統計課(2023)
・「マイナビ2024年卒学生就職モニター調査 6月の活動状況」(2023)
・「面接に関するインターネットアンケート」株式会社学情(2023)
・「2025 年 3 月卒業(修了)予定の大学生・大学院生対象インターネットアンケート」株式会社学情(2024)
年末年始の束の間の休みが明けると、内定を出した新卒者の迎え入れ準備が本格化する時期が訪れます。10年ほど前までは、10月1日の内定式を終えれば、ほとんどの内定者が翌年4月1日の入社式で顔を合わせることが一般的でした。しかし昨今では、内定式に参加した新卒者がそのまま入社式に訪れるとは限らない状況が見受けられます。その背景には「内定辞退者増加」という課題があります。
株式会社リクルートが運営する就職みらい研究所が2024年12月13日に発表した「就職プロセス調査(2025年卒)『2024年12月1日時点内定状況』」によれば、2025年3月卒業予定者の12月1日時点での就職内定率は96.6%と過去最高を記録しています。ちなみに、10年前の2015年3月卒の同時期内定率は90.7%であり、この間に5.9ポイントの上昇が見られました。これを単純に解釈すると、現代の大学生は就職を希望すればどこかの企業から内定を得やすい労働市場にいると言えるかもしれません。
数十年にも亘る少子化に起因した若年者の減少が、新卒者の高い内定率に繋がっているのでしょうか。
リクルートワークス研究所の調査によれば、2025年3月卒業予定の民間企業就職希望者数は推計で45万5,000人とされています。同様に、2024年3月卒は45万1,000人、2023年3月卒は44万8,600人、2022年3月卒は45万人と、過去3年間で就職希望者数はむしろ増加しています。ちなみに、10年前の2015年3月卒では42万3,200人で、2025年3月卒よりも3万1,800人少ない状況でした。大学生の民間企業就職希望者数が40万人を超えたのは1998年3月卒からで、それ以降約30年余りの間、一度も40万人を下回ったことはありません。
若年者、つまり18歳人口は1992年の205万人をピークに、2022年には112万人まで半減しています。しかし、1992年度の大学入学者数は53万4,297人(18歳人口に対する進学率26.4%)だったのに対し、2022年度の大学進学者数は62万6,031人(同進学率57.7%)と、18歳人口が半減する一方で進学者数は約9万人増加しています。また、大学在学者数も1992年度の229万3,269人から2022年度には263万2,775人に増加し、約34万人増えています。
これを踏まえ、大学新卒者について整理すると、①18歳人口は急速に減少しているものの、②大学への進学者数や卒業後に民間企業への就職を希望する人は増加し続けています。また、③企業の採用意欲や求人件数が2007年頃から高水準を維持していることもあり、「大学新卒者の採用難」が叫ばれる状況となっています。
1995年頃から2005年頃にかけての「就職氷河期」と呼ばれた時代は、大学を卒業しても「正社員」として採用されるのが困難でした。それに比べ、現在は企業の経済活動が堅調で「人材が欲しい」状況が長く続いていることは、マクロ的には望ましい状況といえるのではないでしょうか。
マクロ的に見ると、企業活動が堅調で求人数が求職者数を上回る状況は「好ましい」と言えます。しかし、個々の企業においては「人手不足」や「採用難」といった重大な経営課題に直面しています。
大学生の数は年々増加していますが、その増加を上回る企業の求人数により、大学新卒者の獲得競争が激化しています。このような状況を背景に、企業の採用活動が早期化し、大学生の学業への影響が懸念されています。これに対し、政府は毎年採用活動の日程に関する指針を発表しています(例:「2026年度卒業・修了予定者の就職・採用活動日程に関する考え方」)。この指針では、2026年度(2027年3月)卒業予定者について、広報活動は大学3年次の3月1日以降、採用選考活動は6月1日以降、正式な内定は10月1日以降に開始するのが「望ましい」とされています。
しかし、この指針には法的な強制力がなく、激化する新卒者の採用競争の中では形骸化が指摘されています。実際には、3年次の1月頃から内定が出始めるなど、採用・就職活動の早期化が目立つ状況です。
採用活動の時期が早まると、大学生も自分に合った企業の採用活動に遅れを取らないよう、早期に就職活動を始めざるを得ません。その結果、採用・就職活動が早く始まる一方で、早く終わるわけではなく、採用・就職活動が「長期化」するという新たな問題も生じています。
就職みらい研究所の「2024年12月1日時点内定状況」によると、2025年3月卒業予定者の12月1日時点での就職内定率は96.6%でしたが、8月1日時点で既に91.2%と9割を超えていました。政府が発表した「採用選考に関する指針」では、採用活動の広報開始が3月とされていますが、同研究所の調査では2月1日時点の内定率が23.9%、3月1日時点では40.3%、4月1日時点では58.1%と、大学4年次が始まる時点で6割弱の学生が内定を得ている状況です。さらに、7月1日時点の内定率は88.0%に達し、夏休み前には多くの学生が就職先を「内定」していることが分かります。
採用企業にとって興味深いデータとして、内定取得者の「就職活動実施率」があります。この指標は、内定を既に取得している学生を分母とし、その中で就職活動を継続している学生の割合を示します。2月1日時点では、内定を獲得した学生の80.1%が就職活動を継続しており、4月1日時点でも約6割にあたる59.3%が活動を続けています。ゴールデンウィーク明けの6月1日時点では、この割合は26.2%まで下がり、ようやく3割を切る状況です。一方で、8月1日時点では内定率が91.2%に達しているものの、1割にあたる10.8%の内定者が引き続き就職活動を行っています。また、多くの企業が慣例的に内定式を行う10月1日時点でも、内定を持つ学生の6.4%が活動を継続していることが分かります。
この調査結果から、早期に内定を得てもなお就職活動を続ける学生が一定数いることが明らかです。6月頃には多くの学生が就職先を確定して活動を終了しますが、10月1日の内定式シーズンを迎えても、一部の学生は活動を終えていません。企業が早期に内定を出しても、学生が就職活動を継続することで、結果的に採用・就職活動の「長期化」が引き起こされていると言えるでしょう。
2025年3月卒業予定者のうち、2024年12月1日時点で内定を得た企業数の平均は2.58社でした。また、65.6%の学生が2社以上の内定を得ており、多くの企業が「内定辞退」の連絡を受けている状況が浮き彫りとなっています。
求人数が求職者数を上回る「売り手市場」の中で、企業は新卒者を獲得するため、早期に採用活動を開始し、早い段階で内定を出し、4月の入社に備えたいと考えています。しかし、大学生(求職者)にとっては、複数の内定を得たとしても、自分が納得できる就職先を見つけるために活動を継続する傾向があります。その結果、採用側は「内定辞退」を見越して計画を立てる必要があり、実際に「内定辞退」が発生した場合は、採用活動を引き続き行う必要に迫られます。
採用・就職活動の早期化は、企業間の人材獲得競争に起因すると考えられますが、一方で採用・就職活動の長期化については、内定を複数獲得しても活動を継続する学生側にその要因を求めることができるのかもしれません。
では、なぜ大学生は内定を獲得してもなお就職活動を継続するのでしょうか。
「就職プロセス調査(2025年卒)『2024年12月1日時点内定状況』」によると、就職先を確定する際の決め手として最も多かった回答は「自らの成長が期待できる」でした。この結果から、学生は「自らの成長が期待できる」と納得や確信を得られるまで、複数の内定を持ちながらも就職活動を続ける動機を持つと考えられます。また、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの調査では、内定を受け入れる最終的な決め手として「やりたい仕事(職種)ができる」が挙げられています。
さらに、公益財団法人日本生産性本部が1969年から実施している新入社員の「働くことの意識」調査では、「会社を選ぶ際に最も重視した要因」を尋ねた結果、1976年から2019年まで一貫して「能力・個性が活かせるから」が最も多い理由として挙げられていました。
これら3つの調査結果を総合すると、新卒者が望む就職先の特徴として、「自分の能力・個性を活かせる『やりたい』仕事を行いながら成長できる職場」が浮かび上がってきます。初めて職業に就く若者にとって、「希望する勤務地で働ける」や「福利厚生が充実している」といった要素も重要ですが、それ以上に「仕事の満足度」を重視していることが分かります。
「自らの成長が期待できる」会社、「やりたい仕事(職種)ができる」会社、「能力・個性が活かせる」会社。この3つの「できそう」は、新卒者が会社を選ぶ際に欠かせないキーワードと言えるでしょう。
最後に、この3つの「できそう」を就職活動のどの段階で新卒者は確信するのでしょうか。
参考となるデータが、長崎県で2019年度から2022年度までの4年間にわたり実施された「大学生の就職意識アンケート調査」にあります。
この調査は、長崎県が直面する「人口減少」や「若者の県外転出」という課題に対し、より効果的な施策を検討する目的で、県内の大学に通う大学生を対象に行われました。「人口減少」や「若者の県外転出」といった課題は、定住人口が日本で唯一増加している東京都以外の全地方自治体が共通して抱える問題です。そのため、次世代を担う若者に地域企業へ就職し、地域に定住してもらうための施策が官民一体で取り組まれています。
2019年度から開始された「大学生の就職意識調査」によれば、大学生が就職先を選ぶ際に最も求めているのは、その仕事に「やりがい」を感じることだと明らかになりました。この結果は、リクルートマネジメントソリューションズの調査結果とも一致しています。
さらに2020年度の調査では、大学生が求める「やりがい」が何を指しているのかが詳しく調査されました。その結果、「やりがい」とは、「能力・知識を生かせること」「仕事を通じて自分の成長を感じることができること」「社会に貢献していると感じることができること」を意味していることが分かりました。これらの項目は、「能力・知識を生かせる」や「仕事を通じて自分の成長を感じることができる」といった点で、先に参照した就職みらい研究所や日本生産性本部の調査結果とも一致しています。
長崎県の調査で特筆すべき知見は、大学生が就職先の選定プロセスのどの段階で「やりがい」を感じたのかを明らかにした点です。大学生に就職活動中に「やりがい」を感じた場面を尋ねたところ、「選考段階で、自分に関心を持ってくれていると感じたとき」が3回の調査すべてで、最も多く挙げられました。
選択肢には、「インターンシップで実際の業務に触れたとき」や「社員が誇りを持って自分の仕事を語る姿を見たとき」といった「やりがい」を感じそうな項目も含まれていました。しかし、実際に最も多くの大学生が「やりがい」を感じた場面は、「選考段階で、自分に関心を持ってくれていると感じたとき」だったことは注目に値します。
この「選考段階」は具体的には面接を指すと考えられます。企業にとって面接は、自社に適した人材を「選ぶ」プロセスとして位置づけられますが、この調査結果から、面接は学生にとっても「やりがい」を引き出し、自社を「選ばせる」ための重要なプロセスであることが分かります。
2025年卒業予定者の内定取得企業数の平均は2.58社で、65.6%の学生が2社以上の内定を取得しています。このような「売り手市場」の中で、自社に適した新卒者を「選考」することは重要ですが、同時に、学生が複数の内定の中から1社を「選ぶ」際に「やりがい」を感じられる企業であることが求められます。「内定辞退」が起こりやすくなる現在において、企業は「選ばれる企業」になる必要があるからです。
調査によれば、新卒者は「自分に関心を持ってくれていると感じたとき」に「やりがい」を感じ、その「やりがい」を感じる場面は「選考段階」(=面接)であることが分かりました。この結果は、面接の方法や進め方を見直すきっかけとなり得ると言えるでしょう。
【引用・参考文献】
・「就職プロセス調査(2025年卒)『2024年12月1日時点 内定状況』」就職みらい研究所(2024)
・「第41回 ワークス大卒求人倍率調査(2025年卒)」リクルートワークス研究所(2024)
・「大学等進学者数に関するデータ 関係」文部科学省(2023)
・「学校基本調査―令和6年度結果の概要―」文部科学省(2024)
・「2026 年度卒業・修了予定者の就職・採用活動日程に関する考え方」就職・採用活動日程に関する関係省庁連絡会議(2024)
・「2025年新卒採用 大学生の就職活動に関する調査」株式会社リクルートマネジメントソリューションズ(2024)
・「平成31年度 新入社員「働くことの意識」調査結果」公益財団法人日本生産性本部(2019)
・「EBPMのための統計データ採取と利活用について 大学生の就職意識アンケート調査分析結果 (2019年度~2022年度)」長崎県統計課(2023)